ダナキャラン(Donna Karan)

Donna Karan  ダナキャラン USA

ダナ・キャラン、本名ダナ・アイヴィ・ファスケ
(キャランは前夫の苗字)は
1948年アメリカ・ニューヨーク州ロングアイランド生まれ。
仕立屋の父とモデルやブティックの店員をしていた母に育てられ
自然とファッションセンスを身につける。
パーソンズ・デザイン学校卒業後
アメリカン・スポーツウェアの母」と呼ばれたアン・クライン
(ANNE KLEIN)のアン・クライン社に入社。
74年にアンが他界すると同時にルイス・デルオリオとともに
ブランドの後継者に抜擢され、スポーティで着やすい服が高い評価を得る。
このコンビはコティ賞を3度受賞。
ブリッジゾーンのさきがけとなる「アンクライン�」も
この二人がスタートさせた。
84年当時、アンクライン社を買収していたタキヒヨーの滝富夫氏の
バックアップを得て、自らのブランドを設立。
1984年には、「ダナ・キャラン」でニューヨークコレクションに参加。
1985年にはニューヨークにダナ・キャラン・ニューヨーク社を設立。
同年、デザイナー・オブ・ジ・イヤー受賞。


シンプルで洗練された服がキャリア・ウーマンの間で評判を呼ぶ。
経済的に余裕のある新世代(ベビーブーム世代)
女性のニーズを巧みに取り入れることに成功する。
彼女自身がキャリア・ウーマンであり、彼女がターゲットにした
顧客たちと同世代で、洗練されたイメージがあった。
「クローゼットを開けて、そこに足りないものを
次のシーズンにデザインする」スタイルは多くの女性に支持された。


1989年、DKNYをスタート。
NYPD(ニューヨーク市警本部)のように響きがいいこのロゴは
初年度に1億ドルを売り上げ、大成功を収める。
91年御主人に着せることを想定してメンズ
92年「DKNY MENS」
96年「ダナキャラン シグネチャー」を発表。
1997年には子供のために「DKNY KIDS」「DKNY JEANS」をスタートさせた。
自らのライフスタイルを実践するごとく、ラインを増やしていった。


しかし、1992年初の香水、「ダナ・キャラン・ニュー・ヨーク」が
大失敗する。通常、香水はライセンスし、専門家に任せるが
キャランはすべて自分で行うことを望み
「ダナ・キャラン ビューティカンパニー」を設立したが
これが裏目に出る。
最初の半年で590万ドルの赤字を計上。
96年株式を公開。この年、デミ・ムーアを広告に起用。
さらに、実験的なコレクション「D」をスタートするが
これも成果を上げられずに終わる。
97年「DKNYジーンズ」開始。香水部門をエスティ・ローダーに任せる。
しかし、売り上げは伸びず株価は低迷。
ダナ・キャラン自身は新興宗教的な「ニューエイジ」にはまり
その影響がコレクションにも見られるようになる。
彼女の顧客はキャリア・ウーマンであったが、少しづつではあるが
そこから離れつつあった


ブランドの経営に乗り出し、ダナ・キャランはCEOに就任。
株式公開を果たす。しかし経営とデザインの両立
また株主を意識したファッション経営に苦戦。
外部にアウトソースせずに自身が手がけた香水が不発で経営難に陥る。
結局経営権を手放し、ファッションデザインに専念する道を選び
2000年、ルイ・ヴィトンロエベを傘下に持つLVMHに買収される形で
経営権を手放す。現在ははデザイナー業に専念する


2001年8月20日、マディソン・アヴェニューに
新しいブティックをオープンした。
2003年「DKNYジーンズ」のライセンス契約を伊メーカーのSINVと締結。


2003年9月20日、表参道のONE表参道ビルに旗艦店をオープン。
オープン記念の限定品は
ライトグレーの上品な色合いのスウェード製バッグ。
手提げバッグ&クラッチバッグの2ウェイで限定20個を発売。
そのほか同じデザインでサイズの大きな黒のバッグや
ラビットファーのトートバッグも限定で発売された。


国内では、当初「ドナ・カラン」と表記されていました。
後にオンワード系列となったダナキャランジャパンが展開。


スターが生まれにくいといわれるニューヨーク・ファッション界では
ラルフ・ローレン(Ralph LAUREN)、ペリー・エリス(Perry ELLIS)
に次ぐスターデザイナーであるといわれている。

10SS COLLECTION
四元素にインスパイアされた美しく繊細なフェミニティ
なめらかなドレープを寄せたジャージーや透明感のある
オーガンジーが、ボディを美しく、柔らかに包み込む服の数々。
「ダナ キャラン」のコレクションは、これぞ現代の女神の姿ともいえる
モダンで女性らしさに満ちたルックが揃っていた。
彼女がインスパイアされたのは、空気・火・土・水という
自然の四大元素
くもり空のようなグレーや炎のようなレッド、雲のような白などの
引き込まれるようなナチュラルな色使いが印象的だ。
 
ボディの動きに合わせて仕立てられた
空気のように軽いドレスやジャケットは
エストを透明なベルトでマーク。
「モニージュエリー」の骨のようなネックレス
ティーブン・ジョーンズが手がけた雲のような帽子も
このショーを完璧に仕上げるアクセサリーとして貢献していた。