BALMAIN

1945年、ピエール・バルマンが自身の名を冠したブランド
「バルマン」(BALMAIN)を設立。
1945年に創立した最古のオートクチュール・メゾンの1つ。


ピエール・バルマン(Pierre Balmain)は1914年フランス、サボイ生まれ。
父は紳士服の卸業を運営、母はショップを経営する
アパレル製品に関わる一家で、幼い頃からファッションは
身近なものだった。バルマンが幼少の頃、父と死別し、母に育てられる。
パリ国立美術学校で建築を学ぶが、興味は幼少時から身近にあった
ファッション関連のことであった。


イギリス人デザイナー、エドワードモリヌーにデッサンを見せて
その才能を評価されたことがきっかけで
34年からモリヌーのメゾンで働くことになる。
39年からルシアン・ルロンのメゾンでモデリストを担当。
ルロンのメゾンではクリスチャン・ディオール
モデリストとして働いていた。


45年に独立して自身の名を冠したメゾン、「バルマン」を開設。
終戦後で、素材の調達、資金面でも非常に苦しい時期ではあったが
両親などの援助を受けながらコレクションの発表を続ける。


ピエール・バルマンのコレクションの特徴は
シンプルでクラシカルなデザイン。
ディオールがニュールックを発表した時には
バルマンも8ラインと同様のウエストを細く絞ったラインを発表し
話題となった。
50年代に活躍し、バレンシアガ、ディオールと並んで
3大デザイナーに数えられた。
顧客には女優のエヴァ・ガードナーヴィヴィアン・リー
マレーネ・ディードリッヒ、ブリジッド・バルドーなど
当時の大女優のドレスを手がけた。


映画や舞台の衣装も積極的に手がけ、舞台演劇の世界では
最高の賞であるトニー賞の衣装デザイン賞を受賞した経験がある。


バルマンは香水もモードを表現する1つと考えており
メゾンの立上からまもなく、香水のクリエーションも始めた。
初の香水はアトリエの住所からネーミングした
「Elysees 64-83.」だった。その後ヴァンヴェール(Vent Vert)
ジョリ・マダム (Jolie Madame)、ムッシュバルマン
(MONSIEUR BALMAIN メンズライン)、イヴォワール (Ivoire)
オードアマゾン(Eau d'Amazonie)などの香水がヒットし
現在に至るまで人気となってる。



その他にも事業展開を拡大、現在は時計ラインの
バルマンウォッチ(Balmain watch)やアクセサリーラインの
バッグや財布、ネクタイなどを展開している。



82年バルマン死去。その後、バルマンでアシスタントを務めていた
エリック・モルテンセンがブランドを引き継ぎ、91年まで担当。
93年からは2001年までオスカー・デ・ラ・レンタがデザインを担当した。



2003年から、プレタポルテのデザインを担当していたローラン・メルシエがオートクチュール部門のデザイナーに就任。



04/05年秋冬コレクションよりショーを行っていなかったが、07年春夏シーズンより、パリのエスモードでデザインを学び、93年から2000年までパコ・ラバンヌ(paco rabanne)で7年間の経験を積んだクリストフ・ドゥカルナンをデザイナーに迎えパリコレに復帰した。


09/10AWより本格的にメンズコレクションを始動


BALMAINのファンにはオノ・ヨーコ女史やマイケル・ジャクソン氏もいる。


モルテンセン、デ・ラレンタは比較的クラシカルでエレガントな
路線を打ち出していたが、現デザイナーのクリストフ・ドゥカルナン(Christophe Decarnin)は、よりモダンなデザインを打ち出している。


僕は個人的にはクリストフ・ドゥカルナンのデザインが好きです。